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タクラマカン砂漠は中国、ウイグル自治区の「生きては戻れぬ砂漠」という恐ろしい意味の砂漠だが、7月11日の毎日新聞によれば、3000〜4000年前は農耕が可能な環境であった可能性がでてきた。 というのも、砂漠の3000〜4000年前の遺跡である小河墓遺跡で見つかった小麦が、大量の水を必要とする小麦であると分ったからで、当時この地域が多くの雨の降る気候であったことを示している。 この小麦の生育に必要な雨は年間400ミリ以上だが、現在の遺跡周辺は年間20ミリしか降らない。 約140キロ東の鉄板河遺跡は約3800年前のものだが、そこではヨーロッパ人種のミイラ「楼蘭の美女」が出土している。しかし、そこからしばらく文明の跡は見られない。そして、次にこの周辺が栄えたとされるのは、紀元前2世紀のシルクロードの要衝、オアシス都市国家としての楼蘭王国だ。この時点ではすでに砂漠…この間に果たして何があったのか。気候の大変転か、それともはるか昔の環境問題か、地球を一つの生物としてとらえるガイア論からいえば、地球自体の大いなる鼓動なのか。 あのサハラ砂漠もかつては草原であったと聞く。「アフリカの角」のあたりはしだいに地溝の幅が拡大しており、はるかかなたにはアフリカ大陸は割れてしまうとも聞く。今見ている自然はけしてはるか昔からそのままあったものではなく、未来永劫かわるものでもない。 スケールの大きい話やなあ・・・ |
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