晏嬰(以下、晏子)の本格的な活躍な始まりである。 といっても、晏子は将軍ではないので、派手な活躍はない。後半2巻は晏子の行いよりも、晏子以外の斉の臣下の行動がつづられることが多い。しかし、権勢欲に取り付かれた彼らが栄枯盛衰を繰り返す中、晏子だけが、それらを超越し、見事な生を見せる。そこに読者は、出場自体は前半の晏弱に比べ少なく、活躍が地味であるのに関わらず、ひきつけられていくのである。 晏弱が病死した後、晏子は喪に入る。その時から簡略化されていた喪を、古来の決まりごと通り、足掛け3年(25ヶ月)、城壁に木を寄せ掛けて造った小屋で、粥だけを食べ、むしろに寝て草を枕にして続けていく。そんな中、斉の国は晋国に大敗してしまう。晋兵が場内になだれ込んでくる中、晏子は静かに喪を続け、晋兵もその見事さに手をだせなかった。 さらに斉の混乱は続く。霊公が皇太子を廃嫡して、別の公子をその座につけようとしたのである。廃嫡されようとした皇太子は、教育係であった崔杼らと謀って兵をあげて即位し、後に荘公と呼ばれる君主となった。しかしこの荘公は武力に優れるもののみを用い、武力に優れないものは侮蔑するという困った君主であった。そんな荘公にとって、身長135cmと小柄な晏子は侮蔑の対象となる。しかし、晏子はけしてひるむことなく、たびたび荘公に諫言を放っていく。 例えば荘公に、「昔、ただ勇力をもって、天下に名をあらわした者がいるか」と問われた時も、「今の世に武威をふるって天下を征服するにしても、時にめぐまれなければできないのか」と問われた時も見事な諫言を行う。そして、何と言っても、荘公が晏子をうとんじはじめ、晏子を呼び寄せて、 「已めんかな 已めんかな 寡人よろこぶことあたわざるなり なんじ、何ぞ来るや」 と歌わせたのに対し、晏子は 「已めんかな 已めんかな 国人よろこぶことあたわざるなり なんじ、なんぞ在るや」 と三回歌い返して、辞職し、全ての土地、財産を王室に返して隠棲するのである。ところが、その荘公は、妻を荘公に犯された崔杼によって殺される。すると晏子は、都に帰り、あれだけ冷遇されたのにも関わらず、荘公の死を嘆き、ただ一人、新たな権力者となった崔杼をはばかることなく、荘公へ哀悼をささげるのだった。 崔杼は荘公の弟で、後に景公と呼ばれる君主を即位させ、独裁者となっていった。崔杼は斉の家臣を集め、壇上で「崔慶に与せず、皇室に与する者は、その不詳を受けん」と誓わせた。晏子もこの誓いを強いられる。しかし、晏子は見事にこれを最後まで堂々と退ける。すばらしい言葉が並ぶ。 ここで、「崔杼その君を弑す」の話が入る。史官が崔杼の脅しに屈せず、「崔杼その君を弑す」と書き続けた話だ。人は歴史に断罪されることを免れない。 その崔杼も身内により滅ぼされる。斉の混乱は終わらない。権力を持った者が次々と自分達も滅んでいく。その中でただ一人、どの権力者に逆らったのにも関わらず、残り続けるのが晏子なのである。 とうとう晏子が宰相となる時がやってきた。それでも晏子は変わらない。景公に家を増築してもらっても、それを取り壊す。「あの家のどこが不足か」と怒りながら景公が聞くと、住みやすい家というのは、家そのものより隣家の住人という環境によるのだ、と晏子はやり返す。祝宴で無礼講を勧める景公を見事に諭す。 ある日、景公が、寒いので暖かい食べ物や服をもってきてくれと頼んだが、晏子は、私はその役の者でないといって断った。目の前の君主が寒いと言っているのに、何もしてくれぬ晏子を見て、「ではいったい、あなたは何をしてくれる臣なのだ」と景公は聞く。晏子は「わたしは、社稷の臣です」と答えた。「社稷」とは国家そのもののことを指す。君主でも社稷に仕えるべきである、と晏子は考えるのである。そこで景公は気づくのだ。晏子がいるからこそ、上は下をあなどらず、下は上をおかさない。百官はおのれの職においてたゆむことなく、しかも職に乱れは生じない。政府が発令するものは、すみやかに辺境の地にまで達する…景公は非を認め、晏子に謝るのだった。 晏子の見事な生と言葉が、宮城谷昌光の生と言葉で見事に語られる。『晏子』はそんな小説だ。読み終わったあと、さわやかな気持ちと共に、背筋がピリッと伸びる気がする。年度の変わる前のこの時期に読むのはちょうどいいかもしれない。忘れかけていた道徳心を、けして押し付けがましくなく、偽善的でもなく、自然に思い出せる気がする。宮城谷昌光の作品で一番優しく、それでいて峻烈な作品であると思う。 西のぼる氏の挿絵がまたすばらしい。ぜひ、手にとって読んで欲しい。 次はちょっとワケあって、推理小説にするつもりです。 晏子〈第3巻〉晏子〈第4巻〉
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