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zoom RSS 民主主義国家における国民の健全性

<<   作成日時 : 2007/04/18 01:22   >>

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 なんか今月は世界にせよ、日本にせよ事件が多く、サボってると書きたかった事件がたまってくるなあ。今から書くのも一週間前の話です。イランに拘束されていたイギリス兵の話で…。

 そもそもは先月23日、イギリス水兵15人が国境侵犯を侵したとして、イランに拘束された事に始まる。イランは拘束した水兵に「国境侵犯しました」と言わせるなど、自分達の正しさを積極的にアピールした。

 この時点では僕はイランもアホなことするなあ、と思っていた。確かな客観的なデータを提示せずに、拘束している状態で「国境侵犯した」と言わせても、それは周りから見ればどうしてもそう言う様強制したとしか思えない。真実はいずれにせよ、だ。

 ま、今回はその辺の話が本題ではない。15人の水兵は、結局国境侵犯したかどうかは明らかにされないまま、恩赦という形で今月4日に解放された。しかし、今月9日、解放された水兵の内、女性兵士は2300万もの大金報酬を受け取って大衆紙や民放のインタビューを受け、イラクで脅された体験を答えた。こうなると逆にイランの方が正しかったんかなあ、と思えてしまう。報酬を受けて答えている以上、その発言は大げさに聞こえ、国境侵犯の否定も僕には怪しく思えた。

 しかし、この事もまだ本題ではない。僕が本題にしたいのはこの後だ。多額の謝礼を受け、大げさに自らの体験を語るこれらの兵士に対して、批判が起きた。この15人の解放と同じ日にイラク南部バスラで死亡した女性兵士の母親が「娘はイラクのために仕事をした。お金のためではない」と反発を示したのだ。

 そら、そのとおりやわなあ。一方ではメディアでも大きくとりあげられ、解放が祝われ、そしてそのインタビューに高額の謝礼が払われる。対して一方では名がほとんど出されずにたくさんの兵士がイラクでテロの標的となって死んでいるのだ。国防省は謝礼取材を「例外的境遇を考慮する」として認めていたが、ここにも国家の意図を感じれんでもない。イランに対して自分達の正しさをアピールできるのだから。

 しかしこの反発は国民に受け入れられ、その日の夜の内にブラウン国防省は「非常に厳しい反応があった」と世論の批判の強さが予想以上だったとして、謝礼取材を禁止する方向に転換した。

 民主主義国家における国民とはこうあるべきだなあ、と思った事件だった。国家の意図も感じられるこの様な事件では、国民はしっかり冷静な目を持ってチェックしなければならない。そらあ、拘束されていた自国の兵士を救出できたのだから、その無事を祝うこともできれば、救出を評価することもできるだろうし、彼らを英雄視することもできる。その方が盛り上がる。しかし、そこで冷静に批判の目を向けられる、というのはとても大事なことと思う。品格ある国家は品格ある国民によって作られる格好の例のように思うのだ。

 日本でもし同じことが起きれば(状況的にほとんどありえないけれども)、我々は冷静に批判の目を向けることができるだろうか。イラクでボランティアがテロリストに拘束された時の世論の反応を思い起こせば、状況の違いはあるのは分かってるけれども、少し不安になるのだ。

 (毎日新聞の10日、11日の記事を元に感想を述べています。)

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